ある男性のお話をします。

その方とは友人を介してお会いしたのですが、
その考え方や生き方に
わたしは心を揺さぶられました。

Aさん(48歳)は重度の肢体不自由者です。
手足は曲がって自由が利かず
話をするのも困難な状態です。

しかしAさんはとても明るくて機知に富み、
いつも笑顔と冗談を絶やしません。

ひとことで言うと
「大阪のオモロいおっちゃん」

という感じです。

私に相対するや否や、Aさんはこう言いました。

「初めは何言うてるかわからんと思うけど、辛抱してや。
慣れてきたら、この喋り方が味があってかっこええと思うてくるで」

話し始める前にAさんはこう言い、
こちらの気分をほぐしてくれました。

しかしこれを言うだけでAさんは汗だく、
なんだか申し訳ない気がしてきます。

「おれにはこれが普通やから、気にせんとってな」

Aさんは言いました。
うん、気にせんのが一番の手助けや。

Aさんはご自分のことを、
生い立ちから話し始めました。

Aさんは生まれた時、
へその緒が首に二重に巻きついていて
仮死状態だったそうです。

幸い息は吹き返したものの、
Aさんは重度の肢体不自由者となってしまいました。

しかし、物事にあまり頓着しないAさん、
小さい頃は自分を全くの健常者だと思っていたそうで、
自分だけが車いすに乗っているという状況を
逆にかっこよく感じていたと言います。

「家はボロボロ、金も無い車も無い貧乏やけど、
学校で俺だけが車椅子に乗っとったんや。
俺って凄い。かっこええ!って、めっちゃ自慢やってん」

Aさんはそう言って笑いました。

Aさんが自分の置かれた状況に気付いたのは、
小学3年生の時でした。

クラスメートがAさんの姿に違和感を覚え、
いじめにかかりました。
Aさんはその時初めて、自分が他の子供とは違うことに
気が付いたそうです。

「友達がな、俺の様子をこうやってマネするんや。
へえ、俺ってそんな変な様子してるんやって、初めて知った。」

しかし、Aさんは現実を何の抵抗も無く受け止めました。

「確かにこんなんじゃ、いじめられてもしゃあないわ。
もし俺がむこうの立場やったら、俺は俺を絶対いじめている。
むこうは全然、悪くないわなぁ。」

そう思ったそうです。

中学校でも、Aさんはいじめに遭いました。
しかし最初の考え通り、
「こんなんやから、しゃあない」と割り切り
3年間、毎日元気に登校しました。

そして卒業。

知能には全く問題のなかったAさんですが、
やはり学校生活には支障があるため
高校は支援学校を選びました。

さて、高校生になったAさんは、
「自分も人並みにバイトくらいしてみたい」
と、思い始めました。

Aさんはたくさん履歴書を書き、
車いすで面接に行きました。

しかし、全部落ちてしまいました。

「俺、こんなんやし、落とす側の気持ちもわかるわなぁ」と
Aさんは思いました。

しかしまた、

「そやけど、きっと自分みたいなんを雇ってくれる物好きな会社も
きっとあるはずや!」

とも思ったそうです。

Aさんは諦めずにアルバイト探しを続けました。
1年目、×
二年目、×
そしてついに高校3年生の冬、
その物好きな会社が現れたのです。

仕事はお歳暮配送センターでの簡単な作業でしたが、
Aさんは生まれて初めてのアルバイトに心を躍らせました。

「みんな座って仕事してるんやで。そんなら俺といっしょやん。
手を動かすのは遅いけど、気合入れたら差は縮まるねん。
昼飯抜いたら、追い越せるんや。」

Aさんは頑張りました。

「何を買おうと思ってはったんですか?」

「バイク 笑」

車椅子もバイクも大差ないと
高校生のAさんは考えていたそうです。

さて、バイクは買えませんでしたが、
有意義な経験をたくさん積んだAさんは、
無事支援学校を卒業、
障害者枠で某有名百貨店に就職しました。

しかし、喜んだのもつかの間、
そこでの仕事はある意味過酷でした。

Aさんの仕事はシュレッダーに不要な書類を入れるだけ。
一見楽な仕事に見えますが、
単純作業を8時間もするというのは
精神が破壊されそうに苦痛だったとAさんは言います。

というわけで、
Aさんはせっかく就職した会社を辞めてしまいました。

時代はちょうどバブルに差しかかった頃。
きっと他にも就職口はあるに違いないと
Aさんは思いました。

しかし、その考えは甘かったのです。

どこの会社もAさんを相手にしてくれませんでした。
Aさんは職にありつけず、
次第に心はすさんできました。

家族とも折り合いが悪くなり、喧嘩が絶えません。

そして父親と大喧嘩の果て、家出。
行く当てもお金もないAさんは、
ついに路上生活者となってしまいました。

Aさんは周囲にいる先輩達に習い、
段ボールと新聞紙で寝床を作りました。

寝床の中で、何を考えるわけでもなく、
ただぼーっと日々を過ごしていました。

そんなこんなで半年ほど経ったある日のこと。
空からぽつぽつと雨が落ちてきました。

Aさんが不自由な体で頑張って作った段ボールの家は
もうかなり損傷が進み、
紙の天井からは容赦なく雨粒が侵入してきました。

雨足が強くなるまでになんとかしなくてはと思い、
Aさんは家の修理を試みました。

しかし、物を掴むこともままならない手が
すぐには言うことを聞いてくれません。

そうやって四苦八苦しているさんの目に
雨を凌ぐため路地に向かって身軽に走っていく
猫の姿が映りました。

「俺って、猫以下や。」

Aさんは初めて自分の身を嘆き、死にたいと思ったそうです。

しかし同時に、その「死にたい」という感情を通して
こうも思ったそうです。

「俺って、人間やったんやなぁ」

Aさんは自分が人間に生まれてきたことを
あらためて認識したのです。

猫以下の自分に湧き起こった
「死にたい」という感情・・

これは人間でしか持ちえない高等な感情です。
ましてや猫になど、そんな感情が湧き起こることはあり得ません。

「俺は猫以下やない。猫以上なんや。人間様なんや。
せっかく人間として生まれてきたのに、
このままではバチが当たるぞ」

Aさんは思いました。

そして今までの自分を振り返ってみました。

「俺は甘えてた。世の中を舐めてた。
こんな身体であっても
雇ってくれる会社はきっとある、
日本にはその義務があるんやって、
俺、甘えて舐めきっとったんや。」

Aさんは、そう気付いたそうです。
そしてAさんは、更にこう続けます。

「障害者であっても、
生活の最低ラインは保障してもらえる。
確かにそれは叶えられてた。
シュレッダー係りっちゅう仕事を与えてくれた会社には
全く非はないねん。

履歴書を送り返してきた会社にも
同じく非はないねん。

間違いなく日本は、俺に最低ラインの生活を保障してくれとんねん。

そやのに、俺というヤツは何を勘違いしとんねん、
最低ライン以上の生活を望んだんや。

何も努力せんクセによ。
世の中の役に立たんどころか、足引っ張ってるクセによ。

ほんま、なんちゅう勘違いや。
猫以下の自尊心しか持ってへんクセに、
もっとええ生活させ!ゆうてスネとったんや。
俺みたいアホ、死んだらええねん!!」

Aさんは悔しくて泣いたと言います。
悔しくて、腹立たしくて、涙が止まらなかったそうです。

現状のままで今以上の生活を
求めていたことに気付いたAさんは、
どこで自分の勘違いが始まったのか考えてみました。

すると思い当たる節がありました。

「俺は障碍者に生まれたから、
子供の時はいじめに遭ってもしゃーないと思ってた。
大人になったら、健常者の助けを借りて細々と生きて行くしかないと思ってた。
ほんで爺ちゃんになったら、ヘルパーさんの手を借りて死んでいくしかないと思ってた。

それはその通りやねんけど、そうやって将来の俺を想像してる時、
どの場面でも・・大人の俺も、爺ちゃんの俺も、俺はずっとこのまんまの姿やねん。
俺、どの場面でも、同じやねん。

当たり前やろ?そうや、当たり前やねん。
何ゆうてんねん、このオッサン、アホちゃうかって思わんとってな。
ちゃうんや、国が用意してくれた最低ラインの生活で満足するんなら、
同じ姿でおってもええねん。
けどな、より以上の生活を望むんやったら、このままじゃあかんねん。
俺、それがわかってなかった。
自分が変わらんまま、生活だけ変えようと思っとったんや。マヌケやで。」

なるほど。
自分がかわらなければ、人生は変わらないってことですね。

「変われるワケ、ないと思うとったんや。
だって俺、障碍者やもん。治らんねんもん。
そやけどな、猫見て、それは違うと思ってん。
あの時の俺、猫以下やった。猫以下になれたんや。
それに俺、ホームレスになれたんや。
これってすごいで。
俺、そこまで堕ちることができたんやで。
障碍者でそこまで堕ちることのできるヤツは、きっと俺だけやで!
俺、変われたんや!!」

Aさんは自分がまだ可能性を秘めていることに
気付いたのです。

「もし俺が雇う側なら、俺みたいな進歩性のない奴なんか
絶対に採用はせんわ。
今の自分にできることを適当に見つくろってやらせてくれ、
なんて言うような甘え腐ったふざけた奴なんか、
絶対採用せんわ。」

そしてAさんは、こう考えたのです。

「俺にはどう頑張っても動かんところと、頑張れば動くところがあるねん。
動かんのは、手足やな。これはもう、どうにもならん。
ほんじゃあ動くところは? 心と頭や。」

人よりも身体が動かないなら、
人よりもよく動きよく感じる心を持てばいい。
手足を動かさなくていい分、脳を動かすパワーは人よりもあるはず。

壊れかけた段ボールの家の中で、
雨水と涙にまみれながら
Aさんはそう思ったそうです。

「俺にはまだ変われる余地がある。
そんなら死ぬのは、それぜーんぶし尽してからでええんちゃうか」

Aさんはそう思った瞬間のことを、

「白黒やった世界がまたカラーになったわ。
人間に生まれてこれたことが、ほんまに嬉しかった。」

とおっしゃっていました。

Aさんは家に帰りました。
何十回、何百回と両親に頭を下げて謝りました。

「オヤジに何発殴られたかわからんで。顔、ぼっこぼこにされたわ。
あのオヤジ、俺がよう殴り返さん、逃げられんって知っててやりよんねん。
ほんま、どんなオヤジやねん。
けど、それも猫とちゃう証拠や。俺を人間や思うてくれとる証拠なんや」

ホームレスをやめたAさんは、
早速手に職を付けるために
職業訓練校に通い始めました。

そして唯一動く心と頭を鍛えるために、
いろんなジャンルの本を読みあさり、
いろんな人の話を聞きにいきました。

とにかく自分が変わらなければいけない
障碍者意識を失くさなければいけない

それができないなら、
一生最低ラインの生活しかないんだ。

その一心だったと言います。

そして30歳を過ぎた頃、
ようやくAさんはプログラマーとして自立。

コンピュータ関連の会社に就職しました。
世はバブル時代とは打って変わって景気急降下の真っ只中。
それなのにAさんは、
今度は障害者枠でなく
健常者としてプログラマーの職を手に入れたのです。

そうやって人生を再スタートさせたAさん。
次は「人並みに恋愛して結婚する」という
新たな目標を掲げたそうです。

知り合いに女の子を紹介してもらったり、
同僚と一緒に車椅子で合コンにも参加したそうです。

当時を振り返ってAさんはこう言います。

「婚活は就活より厳しかったわ。
仲のええ友達に女の子紹介してくれって言うたら、
おまえみたいなんを紹介したら
なんぼなんでも相手に失礼やろ!って言いやがんねん。
どっちが失礼なんや。
ほんで、メシおごったるから、ええように宣伝してくれ、
中身は間違いなくええ奴や言うてくれ、って、
いろんな友達に頼みまくったわ。

そして40歳を目前にした時、
諦めずに頑張ってきた甲斐があって、
とうとうAさんに春が来ました。

相手の方はとても可愛らしくて賢い、
そして健常者の方だったそうです。

Aさんは横にいる奥さんを指さし、照れながらこう言いました。

「こいつ、男を見る目があるねん」

Aさんは、今またステップアップの為に学校へ通っています。

「身体がこれやろ、喧嘩したら嫁はんに負けてまうねん。
弱い分は他のところで補うのが鉄則。え?ははは そうや、金や。
もっとええ稼ぎしたいから、学校に通いだしたんや。
俺かて男。偉そうにしたいからなぁ。」

学校へ通い出した理由を
Aさんは笑いながらこう話してくれました。

そしてAさんの次なる目標は
子供を持つことだそうです。

「せっかく人間に生まれてきたんや。親になってみたい。
子供にはかっこつけてパパと呼ばせるんや。
一人乗り用のかっこいいベンツに乗ったパパやで(笑)」

口でだって、おむつは換えられると
Aさんは言います。

「うんちされたら、ちょっときついかなあ」

そう言ってAさんは笑います。

「俺は人間なんや。人間様なんや。
死にたいなんて思えるくらい、俺って賢い人間様なんや。
このままじゃ嫌や思えるくらい、俺って立派な人間様なんや。」

そして最後に、こんなジョークを言ってくれました。

「猫、飼いたいねん」